土田の里から

2007年2月5日西日本放送より福祉車両の寄贈を受けました 
24時間テレビ(愛は地球を救う)の福祉車両、10人乗りの贈呈式が去る2月5日に西日本放送でありました。利用者の皆さんは大喜びです。ありがとうございます。


私が卒業した、洛南高校の当時の副校長三浦俊良先生は御影供(弘法大師の命日、毎月21日に行う)の法話の中でよく社会の雑巾になりなさいと言われていました。土田の里の理念もこうありたいと願っています。(土田の里一職員)


2007年3月

昨年6月より非常勤で勤務していただいていた、光成隆氏が3月31日で退職されました。尚4月1日より社会福祉法人岡山市手をつなぐ育成会が設置する、障害者福祉ホーム。地域活動支援センター1型(広瀬町仲よし)の準備室長となり勤務されております。短い期間ではありましたが土田の里で仕事をしていただき感謝しております、また大先輩と共に過ごすことができ大変勉強になりました。ありがとうございました。
福祉ホーム完成の時には土田の利用者の方たちと共にお祝いにはせ参じたいと思います。



思うところを書かせていただきます、私の出身高校は京都にある私立高校です。学祖は弘法大師ということで繻芸種智院という弘法大師が作った庶民のための教育機関が始まりでした。現在もこの名前を冠した大学が京都にあります。そしてわが母校は、この流れをくむ高校として京都の東寺の境内のなかに日本一高い5重の塔とともに学び舎があります。繻芸種智院を弘法大師は開学するときに述べた言葉が現在も伝わっています。それはこうです。
物の荒廃は人による。人の消沈は定めて道にあり。
土田の里が生まれて3年が過ぎました。ここまで来れたのが不思議なぐらいです。利用者がいない日が何日も何日も続きました。いろいろ助言をしてくれた人もいましたが、結局は自分自身がどれだけ頑張れるか、信じる事ができるかに尽きると思います。釈尊は亡くなる前に弟子にこのように言ったそうです。自らを拠り所として、他を拠り所とするな。これを自燈明、法燈明の教えといいます。私の周辺ではよい話よりも悪い話のほうがずっと多くありました。

しかしこの道で行くと決心したからにはやるしかありません。いろいろな人とも出会いました。そういう中でいかに自分がしっかりできるか、世の中自分の味方ばかりではありません。そのようなことが今になってわかってきました。そこで思い出したのが、高校時代の教えでした。土田の里は子供たちの拠り所となります。そして当時の副校長である三浦俊良先生は法話のなかで社会の雑巾になれとも言われていました。雑巾は自らは使われることにより、雑巾自身は汚れますが、雑巾を拭いた相手はピカピカになります。土田の里で働く職員は雑巾の気持ちとなって仕事をしています。子供たちはお父さん、お母さんにとってはかけがえのない宝です。私たち土田の里ではお父さん、お母さんのかけがえのない宝をお預かりしています。そして子供たちにとって一番大切な願い(本願)を土田の里の本願としてやっていきたいと思っているわけであります。土田の里職員は頑張ります、心して。